経済・政治・国際

そろそろ真剣に少子化問題を考えなければならないのではないかと思うが移民やAIで安易な解決方法を求めてもいけないと思う

そろそろ真剣に少子化問題を考えなければならないのではないかと思うが移民やAIで安易な解決方法を求めてもいけないと思う
 衝撃的な本が出た。まあ、日本の少子化という問題は、まさにそのような状況になってきているのである。
  『未来の年表』という本がある。もちろんここは本の紹介や諸表のブログではないので、その内容に関しては記事に譲ることにして、実際のところ考えてみれば、なぜそのような感じになるかといえば「少子化」が問題である。
  ではなぜ「少子化」という現象になるのかといえば、何を言おうと「女性が子供を産まないから」ということに帰結する。このことを曲解すれば「女性差別」とか、さまざまなことを言われる原因となるのであるが、実際のところ、だんせいがこどもをうめるわけでもないので、「子供を作る」ということはそのまま「女性が子供を産まなければならない」ということに他ならない。
  まあ、その曲解のところは、「病気などで埋めない女性に気を使え」というような話から「安心して子供を産んで育てられるような環境にない」「魅力的な男性がいない」というようなものもあれば「社会的に女性の社会進出を阻むものであり、女性の権利、とりわけ社会で活躍する権利と子供を産まない権利を認めるべき」というような話が出てくる。
  結婚雑誌の「ゼクシィ」のテレビコマーシャルが、「結婚しなくても幸せになれる現代の世の中で、あえてあなたと結婚する」というようなセリフを入れ、話題になったが、実際に、「結婚しない」つまり「子供を産まない」で幸せになれるという選択肢を作った社会は、その子供を産まないという選択肢を作ったことによって社会全体が「滅びの方向」に向かう状態になっているということになるのである。
  もちろん「その責任が女性ばかりにある」というものではない。しかし、同時に「少子化の解決方法は女性が子供を産む以外にはない」という帰結は、少なくとも医学的・生物学的に当たり前のことでしかない。
  このばあい「移民」というのは、「外国人を増やす」ということであって「若い女性を増やす」ということにつながる可能性があるが、しかし、「女性だけの移民を認める」というものではないので、当然に、外国人社会ができてしまうということになる。またAIというのは、一方で「老人であっても働かなくてよい」ということになるが一方で「雇用がなくなる」ということにつながる。つまりは若者が暮らしにくい世の中になることになり、そのことは「子供を産んで育てられない社会」を作ることになってしまうのである。
  まあ、もちろん極論であることは自覚しているが、しかし、その極論の部分が本になって出てきてみると、やはりセンセーショナルであることは否めない事実なのである。
日本から百貨店・銀行・老人ホームが消える日 そんなに遠い未来の話ではありません
 日本の未来を直視する勇気がありますか――発売から即4刷が決まった話題の書 『未来の年表』は、私たちにそんな問いを投げかけてくる。見たくはない。が、直視しておかなければならない問題。今回は、2030年、「何もかもが消える」 日本を見てみよう。
 百貨店も銀行も老人ホームも地方から消えるかつて日本は、田中角栄首相が唱えた日本列島改造論によって開発ブームに沸いた。が、人口が激減する時代においては、日本列島改造論が目指したような「国土の均衡ある発展」の実現などかなわぬ夢である。
 それどころか、内閣府がまとめた報告書「地域の経済2016」によれば、2030年度には全国の80%にあたる38道府県で、域内の供給力では需要を賄い切れなくなる生産力不足に陥ると予想される。少子化に加え、若者の都会への流出が進むことで、地方での生産年齢人口が極端に減ることが主たる要因である。
 生産力不足に陥れば、所得税や法人税といった地方税収の落ち込みに直結し、地方自治体は地方交付税への依存度を高めることになるだろう。それは地域間格差がいま以上に拡大し、地方自治体の自立性までもが損なわれるということだ。内閣府の報告書は、2030年度には地方交付税の総額が現在の1.5倍に膨らむと見積もっている。
 生産力が不足すれば、住民の暮らしに不可欠なサービスも維持できなくなる。われわれは、日々の暮らしをするうえで、自宅周辺のお店に行く。だが、スーパーマーケットや美容院、金融機関にしても、ある程度の顧客数が見込める地域にしか店舗を維持できない。
 国土交通省の「国土のグランドデザイン2050」(2014年)が、三大都市圏を除いた地域において主なサービスごとに立地に必要な需要規模を、「存在確率50%」と「存在確率80%」という形で計算している。
 「存在確率50%」とは、その人口規模を下回ると、廃業や撤退するところが出てくるラインだ。逆に「存在確率80%」とされる人口規模であれば、ほぼ存在し得る。
 たとえば、食料品の小売店や郵便局、一般診療所の存在確率80%は500人だから、その人数規模の集落であればこうした事業は成り立つ。
 一方、介護老人福祉施設では4500人の人口規模なら存在確率は80%だが、500人では50%。銀行は9500人の人口規模の自治体であれば存在するが、6500人になると撤退を始める。一般病院は2万7500人規模の自治体ならほぼ存在するが、5500人になると、あったりなかったりする。
 このように「存在確率80%」を見ていくと、訪問介護事業は2万7500人、相当の知識と経験を持つ医師が常時診療し、設備もしっかりした救急告示病院は3万7500人、有料老人ホームは12万5000人、大学や映画館は17万5000人。公認会計士事務所は27万5000人だ。これらを大きく下回ると、立地が苦しくなり始める。
 経営の限界はどこかでやってくる先に取り上げた内閣府の報告書「地域の経済2016」は、これらのデータをベースに、三大都市圏を除いた自治体のうち、今後の人口減少の影響でどのようなサービスの立地が厳しくなるのかを計算している。
 具体的には、2010年時点の人口規模ならばサービスの存在確率が50%以上だった自治体のうち、2040年には存在確率が50%を割って店舗や施設の撤退が始まる自治体の割合を予測しているのだが、大きな需要規模を必要とする百貨店は38・1%の自治体で立地が難しくなる。
 大学は24・5%、有料老人ホームは23・0%で存続できなくなる可能性が出てくる。救急告示病院(18・3%)やハンバーガー店(22・7%)、公認会計士事務所(19・5%)、税理士事務所(18・3%)などは約20%の自治体で存続できなくなる可能性があると推計している。
 2040年時点での人口規模が2万人以下になるとペットショップや英会話教室が、1万人以下では救急病院や介護施設、税理士事務所などが、5000人以下になると一般病院や銀行といった日常生活の中でよく利用するサービスまでもが姿を消す。
 これに対しては、AIやICT(情報通信技術)に活路を求めればよいといった意見も多い。だが、どんなに技術が発達しようとも、人の手を使わなければできない仕事、人が携わったほうがよい仕事は残り続ける。
 機械化でコストを縮減できたとしても、機械の開発や維持にかかるコストは最低限得なければならない。消費者の絶対数が減ったのでは、やはり経営の限界はどこかでやってくる。問われているのは、人口減少や高齢化に耐え得る社会への作り替えだ。
 政府も国会議員も「国土の均衡ある発展」といった幻想を振りまくことをやめ、何十年も先を見越した対応を取るときである。
発売即4刷が決まった話題の書(amazonはこちらから)
【2030年の日本】まとめ
生産年齢人口が極端に減り、全国の都道府県の80%が生産力不足に陥る
* * *
いかがだろうか。客観的な人口データに基づいて考えると、日本の未来はかなり正確に予測できる。『未来の年表』を読めば、あなたの子供、孫の時代には大変なことが起きる現実にゾッとすると同時に、これからの日本経済を読み解くヒントも得られることだろう。
日本に襲いかかっている「静かなる有事」にどのように立ち向かうべきか――今こそ国民的議論を巻き起こすときである。
現代ビジネス 20170620
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52083
 さて、日本の法律というのは「日本社会の常識的慣習」と「日本社会の道徳観」そこに「同一程度の文化レベル」でできている。つまり、「民法」は、明治時代にその基本がd家いていて、最終的に改正がされている者の、基本的にはフランスの民法が来て、そのまま法制度として根付いたものである。
  さて、その民法が来たと金、中江兆民は「民法出でて忠孝滅ぶ」というような言葉を残しているが、実際に、「忠孝が滅ぶ」のは、現代になってであって、その時代には滅びなかった。ある意味で「忠孝が滅ばなかった」という事実は「民法を作る以前に慣習法的に存在した日本の良き生活習慣や家族制度が機能したために、法律の予定する権利義務の通りに^物事が進まなかった」という、中江兆民から考えればよい方の誤算が生じることになり、そのような状況から、忠孝は亡びなかった。その結果、軍国主義的な状況に進んだという結論は存在する。民法的なことが問題であれば、アメリカから来た進駐軍は、そこに介入して民法も改正していたに違いない。家族法といわれる部分を改正し、それ以外のところは大幅な改正をしなかった。これこそ、「民法そのものが忠孝を滅ぼす危険のある物」だったことは間違いがないのかもしれない。
  さて、このことは何を言っているんかというと、戦前の日本は「義務」によって成立していた時代であった。それは「家長の独裁」ではなく「家長であればより一層自分を律する必要がある」ということになっていたはずだ。しかし、民法が出てきて「権利」ということが重要視されれば「義務」がおざなりになり、そのうえで「義務」が徐々になくなってしまう。権利を主張し、法律を守る、つまり、当時の明治時代のないようからいえば最低限のマナー以下の内容をしていれば「法律は守っている」という、政府の雄三つ気を与えることになる。マナーや忠孝というような、法律の条文として義務として付加できない日本の美意識や恥の文化というものは、すべて「法律を守っているのにそこまでやらなければならないのか」というような言葉になり、そのまま「日本そのものの文化」をこわしてしまうことになるのである。
  以前、まだ私が政治の記者であったころ、よく小沢一郎が「法律に違反しているわけではない。何が悪いのか」というようなことを言っていた。まさに、当時の習近平副主席を天皇に強引に謁見させたことなどは「忖度事件」として名高いが、まさに、そのこと自体が「日本国民としての美意識と義務感」を完全に無視した内容になってしまう。権利と義務をうまく調整できない人が出てくれば、あのような違和感を感じることになり、なおかつ、そのようなものが影響力のある政治家になってしまえば、徐々に日本の文化が破壊されてゆく。その破壊される文化の中において「忠孝」とか「家族制」「家を守るという感覚」などのことがなくなってしまうのである。
  この結果が「少子化」ではないだろうか。究極を言えば「女性が子供を産まないこと」であるが、生まない選択というのは、そのままそのような「権利と義務のバランスを書いた社会を作った全体の責任」ではないかというようなきがしてならない。
  今やすでに手遅れの感があるが、その部分を直さなければならないのではないか。その分を直すことこそ、日本を守ることではないのか。
  ちょっと、今日のブログは理屈っぽいところがあるが、私の基本的に考えていることなので、何となく書いてみたのである。

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北朝鮮問題におけるアメリカと中国の微妙な関係がいよいよ悪化してきているというアメリカ側の事情

北朝鮮問題におけるアメリカと中国の微妙な関係がいよいよ悪化してきているというアメリカ側の事情
 アメリカのいら立ちが高まっている。もちろん、アメリカのことを我々が気にする必要もない。しかし、このことが北朝鮮のこととなると、さまざまなことで日本が関係してきてしまうということになるので「気にすることはない」が一方で「注意は必要」であるということになる。まさに「どのような動きをアメリカがしようとも、日本人は日本国を守るために動けるようにしておかなければならない」ということが基本であり、そのために、「今何をしなければならないか」ということを考えなければならないのである。
  では、まずは何をしなければならないのか。
  このことは、常々私がこのブログでも、また講演会などでも伝えているように、「正確な情報」と「情勢分析」をおこなわなければならないのである。
  しかし、日本人の最も不幸なところは、日本のマスコミなどのメディア報道が、ほとんど「正確な情報」を伝えることができないということにあり、その報道を見ることによって、日本人は、世界情勢や正確な事実を知ることができないばかりか、誤った方向に誘導されてしまうということが最も大きな不幸であるといえるのである。
  さて、あえて「伝えることができない」ということをかいた。ここの読者の中には「マスコミが<伝えない自由>を行使しているだけ」というように、苛立ち紛れに言う人もいるであろう。もちろんそのことも間違えてはいない部分もある。いくつかの問題があり、だいたいの場合、そのマスコミの経済的な状況で、ほとんどが中国や韓国系の企業がスポンサーになっており、民間企業でしかないマスコミ事業者がその内容につかざるを得ない状況になっているという点もあるし、また、すでに報道のトップの方が外国人の影響が強かったりあるいは外国人になて散る場合もある。その場合は、下の記者がかなり強くさまざまな危機を伝えてもそれが報道されないというようなことになっていたりもする。しかし、最も大きいのは、マスコミの「取材力不足」ということである。まさに、取材力のある記者がいなくなってしまい、そのために、真実や真相を考えられる人が少なくなってしまったということになる。これはマスコミそのものの劣化ということと同時に、マスコミに優秀な人材がいなくなったというよりは、日本の教育制度がおかしく、その教育制度の犠牲者として日本に危機感を持つ人々を育てられなかったり、そのようなkン受精を養ってこなかったということが大きな問題なのかもしれない。
  そのために「正確な情報」や「情勢分析」が全くできない報道が繰り広げられてしまう。そのような事態の時に「同盟国」であるアメリカがいら立っているという報道が来た場合どうするのか。そのことをしっかりと考えてみたい。
北朝鮮問題、米が中国に圧力強化要求 マティス氏「いら立ち」限界
【AFP=時事】米中の閣僚による初の「外交・安全保障対話」が21日、米首都ワシントンで行われた。終了後の記者会見でレックス・ティラーソン米国務長官は北朝鮮に対する圧力強化を中国側に要求。ジェームズ・マティス米国防長官は北朝鮮からの解放後に死亡した米学生に言及し、北朝鮮の対応を非難するとともに米国の我慢は限界に達しつつあると警告した。
 ティラーソン長官は会見で、北朝鮮は米国の「安全保障上、最も脅威」になっていると指摘。「中国は地域の情勢を一段と緊迫化させたくないなら、北朝鮮に対する経済的、外交的圧力を大幅に強化する責任がある」と述べた。
 一方、マティス長官は、北朝鮮当局に1年半にわたり拘束され脳に深刻な損傷を負った状態で解放された後、19日に死亡した米学生オットー・ワームビア氏に触れ、「健康な若い男性がそこ(北朝鮮)に行って、いたずら程度のささいな悪事を働いた後、死んだような状態で帰ってきた。法と秩序、人類、そして人間に対する責任、これらに対するどんな理解も超えている」と強く非難した。
「何度も挑発行為に走り、ルールを無視して無責任なことを繰り返す北朝鮮に、米国民はいら立ちを募らせている」とも述べた。
 対話では北朝鮮問題の他に、中国による南シナ海の軍事拠点化なども議題に上った。
 
【翻訳編集】AFPBB News 20170620
http://www.afpbb.com/articles/-/3132941
 さて、アメリカの戦略として、中国をコントロールすることによって、北朝鮮を抑え込むということになっている。このことはいくつかのメリット性がある。
  ・アメリカが軍事力を使わない
  ・北朝鮮と中国が互いに抑制的になる
  ・北朝鮮が核を放棄する
  ・中国の軍事力の一部が北朝鮮に向かい南シナ海やインド洋が手薄になることによってアメリカの中東政策が進めやすくなる
  ・ロシアの東アジアでの動きをけん制することができる
  というようなものである。もしもこれで動かない場合は「中国は、外交上の地かが不足している」というような宣伝にもなるし、また「中国も北朝鮮も国際法を守らない国である」ということを国際社会に宣伝することになる。うまくいっても、うまくゆかなくてもアメリカにとってはメリットが出てくることになるのである。
  このような「両面性のある戦略」であることからアメリカの青年が北朝鮮にツアーに行きスパイ容疑をかけられて、拷問際させられるということになる。この内容が正確かどうかは北朝鮮の内部を知らないのでは何とも言いようがないのであるが、しかし、そのように宣伝することによって、アメリカ国民を扇動することが可能になった状態である。
  当然に「アメリカは必ず復讐する」として置き、そのうえで、「アメリカ人大学生の命は中国が外交上うまく北朝鮮を抑制できなかったことに由来する」となれば、アメリカは中国も北朝鮮も双方ともに攻撃する口実を得たことになるのである。
  この、「口実」を、あとはどのように使うのかということであり、その使い方によっては「日本の頭を飛び越えた核戦争」が現実になるということになるのである。日本はそのために「中国」「北朝鮮」「アメリカ」の情報と、それに関連する情報を集めなければならない。もちろん、上記にある記事ではかなり足りないことは間違いがない、しかし、その記事を読んで、「そのような情勢分析」ができなければなかなか難しいということになるのではないか。
  日本は、外交や輸入によって現在の豊かな生活を送っているのであるが、そのために情勢分析からしっかりした事実を知ることが重要なのではないか。

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日本文化の優れた部分を普及するということをいかに効率的に行うかということと日本国内でその再発見が行われていない現状

日本文化の優れた部分を普及するということをいかに効率的に行うかということと日本国内でその再発見が行われていない現状
 日本の文化というのは、かなり優れていると思う。
  最近、私の本である「庄内藩幕末秘話」の映画化に官位て様々ん活動をして、以前よりほんの少し忙しくしている。実態としては「忙しくしている」のではなく、山形県と東京都の往復という地理的な問題があり、その移動に時間がとられてしまうということが最大の問題なのであるが、まあ、私の場合「暇」であることは、自分の精神衛生上よくないということを最もよくわかっているので、このような「少し忙しくなった」というのは、ある意味で、自分の精神的な安定のためにはよいのかもしれない。
  さて、この映画化の話の中で、よく話題になるのが「なぜ庄内地方の人々は西郷隆盛を尊敬しているのか」ということである。この視点は、さまざまな歴史家がいるし、庄内地方にも「郷土史家」という人々が少なからずいるのである。しかし、私がその内容を考えた場合、実は「よそ者だからこそ分かる素晴らしさ」ということがあるのではないかという気がしてならない。
  先日「庄内地方の名物は何ですか」と聞いたとき、東京などで活躍している庄内出身の人は言えるが、庄内に住んでいる人は「麦切り」という言葉を言えない場合が少なくない。基本的に「庄内の人々の中の日常」を映し出す毎日の食卓に上るようなものに関しては、「こんなものは観光の目玉になるはずがない」ということを考えてしまい、どうしても「派手なもの」とか「よそ行き」のものを選んでしまう傾向があるのだ。
 しかし、よそ者という人々、まあ、民俗学の大家である折口信夫的に言えば「マレビト」ということになるのかもしれないが、その人々は、「その地域の日常に潜む、自分の文化には存在し無いもの」を見ているのではないか。
  この観点から見た場合、西郷隆盛は庄内地方で様々なものに驚愕したに違いない。芋焼酎しか知らない(極端な言い方ではあるが)西郷隆盛が、庄内に行って、米でできた清酒を飲んだ時にどのように思ったか。酒田港から上がる魚を食べた時、米を食べた時、それはとてもとても驚いたに違いない。そのことは、長州から行った兵たちも同じであろう。それだけに、自分たちのマイナスの部分を非常に多く感じ、コンプレックスとともに、敵としてつぶしたかったに違いない。しかし、西郷隆盛は、まったく違い「その庄内の良い部分を明治時代の模範とする」ということを考えたのではないか。まあ、その辺は、映画でしっかりと表現してもらいたいと思い、製作の人々に伝えているので、来年の公開を楽しみにしてもらいたいと思うのである。
  さて、これが「庄内」という話ではなく「世界の中の日本」ということになれば、実は我々も、「日本の日常に隠れてしまっている素晴らしいもの」をどのように考えるのか、問うことをが最も重要何って来る。そのことを「再発見でいる力」が、なぜか日本には少ないように感じるのである。
サウジアラビア:日本と連携しアニメ作り 経済改革の一環
 イスラム教の厳格な習慣・戒律を重視し、娯楽が制限されてきたサウジアラビアで、日本企業と連携してサウジ発のアニメーションを作ろうとする動きが広がっている。21日に副皇太子から皇太子に昇格したムハンマド・ビン・サルマン氏(31)はアニメ好きで知られ、経済改革の一環として、娯楽の開放にかじを切ったからだ。【リヤドで三木幸治】
 5月下旬、リヤド北部にあるアニメーション会社「フラカット・プロダクション」を訪れると、事務所の壁に日本のサッカーアニメ「キャプテン翼」などのイラストが所狭しと描かれていた。「サウジの若者は、動画投稿サイトなどで日本のアニメを見て育っている。今後は『消費者』から『生産者』になる番だ」。同社代表のマーゼン・アダラーブさん(32)は意気込む。
 サウジでは国民のモラルを守るため、国内に映画館もなく、アニメもほとんど制作されてこなかった。そのため、人々はアラブ首長国連邦などで娯楽に触れ、国外に巨額の消費を落としてきた。原油価格下落による財政赤字の改善を狙う政府は昨年4月に改革案を発表。娯楽庁を設置して、娯楽産業の育成を始めた。
 サウジは30歳以下が人口の6割を超える若い国だ。世論調査では若者の9割がアニメを好み、7割は「アニメが人生に影響を与えている」と答えるなど、市場の将来性は大きい。ムハンマド氏の方針転換には、政府に若者の支持をつなぎとめる狙いもあるとされる。
 アダラーブさんは現在、サウジに伝わる昔話をアニメ化する事業をスタート。既に関心を持つ日本のアニメ制作会社と交渉を始めた。「宮崎駿さんのアニメが好き」といい、将来は日本の技術を吸収してオリジナルの作品を制作したいという。
 昨年10月には人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で知られるアニメ制作会社ガイナックスが、サウジ企業と共同で、サウジの英雄を描くショートアニメを制作、発表した。日サウジ合作のアニメは今後、次々と誕生するとみられる。
 
毎日新聞 20170622
https://mainichi.jp/articles/20170622/k00/00e/030/207000c
 日本のアニメーションやゲームという「ソフト」が、なぜ世界で受け入れられるのであろうか。
  もちろん、その受け入れる国の国民性や文化によってその考え方は異なるはずである。しかし、いずれにせ世「排除」されるのではなく「受け入れられる」ということにはかなりさまざまなものがあると思う。私の考えるところ、日本人は「謙譲」や「暗黙の了解」、最近では「忖度」などという言葉も何となく流行しているが、実際にその中における「相手の心理を思いやる」ということがさまざまな形で表現されている。もちろん、外交の世界では、そのことがマイナスに作用している部分があるが、日本国内における「美徳」の一つとして存在していることは確かである。
  同時に、その内容に関して、「日本の原風景」「努力という目に見えない力の価値」など、「共産主義・唯物主義では全く理解できない」内容をしっかりと表現していると考えられるのである。そのような「心理的な描写」を「風景」や「色合い」で表現することの巧みさは日本を置いて他にはないのではないか。映画などにおいても「表情」「視線」「陰影」というところをうまく使った表現方法は、日本において独特の感性でありそれらがソフトの中にさまざまに表れているような気がしてならない。そして、そのようなものが外国で受け入れられているのではないか。
  フランスなどではなく、「サウジアラビア」でそれが受け入れられているという。つまり、「イスラム教」ということろでも、それら人間の心理的な描写ということや「風景などの描写」が非常に彼らの感受性にマッチしているのではないか。
  あえて、私はこの文章の中に「共産主義では理解できない」ということを書いた。日本人が基本的な部分で「中道保守」であるというのは、そのような文化があるからであり、昨今の「忖度を否定する」文化というのは、何となく「日本の美しい部分をマスコミがこぞって破壊している」ようにしか思えないのである。その内容をいかに考えるのかということが、ある意味で「サウジアラビア」に逆に「アニメーションということを通じて」教えられているのではないだろうか。
  単純に「経済の活性化」ではなく「文化の輸出」ということを真剣に考えなければならない時期になっており、その文化の輸出ということを行うにあたり、「まずは日本人が日本を再発見」すべきではないのか。
  庄内の映画と合わせて、「自分を見直す」だけではなく「自分の育った環境を見直す」ということの重要性を改めて考えてみたいと思う。

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【有料メルマガのご案内】「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」 第16話 「北朝鮮戦争をめぐる米中の地政学」 8 米朝もし戦わば、という武力衝突の可能性とその後の展望

「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」
第16話 「北朝鮮戦争をめぐる米中の地政学」
8 米朝もし戦わば、という武力衝突の可能性とその後の展望
 第16話「北朝鮮戦争をめぐる米中の地政学」も、今回で最終回にします。
 実際に、「北朝鮮戦争」ということではなく、この話は「東アジアにおける安全保障」であり、いまだに続く「共産主義イデオロギーの覇権主義との戦い」であるという側面があることがよくわかっていただけたのではないでしょうか。
 そして、その中における真の脅威は「北朝鮮の核」ではなく「中華人民共和国の有形無形の覇権的進出」であり、その中の象徴的なものが、南シナ海の環礁埋め立てであるということはわかってきます。
 しかし、その安全保障の中において、ちょうど大きな湖の中にできた桟橋のように、日本海や東シナ海につき出た朝鮮半島のその根っこの部分を持っているのが北朝鮮であり、そのことによって東シナ海や日本海、そしてそこからつながり西太平洋の安全が脅かされるということになるのではないでしょうか。
 その内容が見えてくれば、今回の北朝鮮の核ミサイルが持つ「意味」がよくわかってくるのではないかという気がしてならないのです。
 つまり、北朝鮮の核開発は、ある意味において、「海」のパワーバランスを壊すものでありながら、同時に、このことによって、今までの米中露参加国関係の、いわゆる「三国志的鼎立安定関係」を壊すものであるということになるのです。
 では、それを安定関係に戻すためには、結局のところ「北朝鮮が核を放棄して、他の国の安定関係の中に入る」以外はなく、その状況に戻すためには「自主的放棄」か、あるいは「戦争敗北による武装解除」しかないということになります。
 その中で「自主的放棄」は、基本的に北朝鮮のプライドというかメンツというか、そういう心因的な内容からして不可能であると考えられます。
 まあ、政治的な内容ということも言えますが、基本的に北朝鮮のような独裁国家において、また教案主義国家において、自分たちのイデオロギーの否定及び、政策の大幅な変更は、国民に無理を強いているという事態から、基本的には不可能であり、そのために、今まで核開発を肯定したものを、急激に変更することはできないということになります。
 要するに、革命が正しかったということを言わなければならず、そのことは、革命によって犠牲があったりあるいは生活苦を強いている内容に対して、その生活が報われる夢を見せ続けなければならないという使命が、共産主義政権にはあるのです。
 そのことは、政策の変更ができないということから見えてくることであり、・・・・・・・
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この続きは明日発行される有料メルマガに書いています。
有料メルマガ「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」でお楽しみください。
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毎週月曜日発行で、月400円(税別)です
この文章は明日の先出です!!
また申し込み初月は無料ですので、ちょっと覗いてみたいと思う方は、ぜひ一度申し込んでみてください。
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申し込みは
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【土曜日のエロ】 「総選挙」という金を使わせたファン投票の結果発表の真っただ中で結婚宣言をするアイドルという名の偶像

【土曜日のエロ】 「総選挙」という金を使わせたファン投票の結果発表の真っただ中で結婚宣言をするアイドルという名の偶像
 アイドルといえば、私たちの時代、つまり俗にいう80年代アイドルと、現代のアイドル増というのはかなり違うというのを、さまざまな場面で聞くことがあった。さまざまな部分で違うのであるが、最も大きく変わったのは「ネット」と「距離感」ではないかと思う。
  実際に、我々の時代、つまり、いわゆる80年代アイドルといえば、基本的にはテレビ画面(当時はブラウン管といっていたが)の中でしか会えない、コンサートの舞台の上と下というようなところでしか実物を見ることができないというような状況でしかなかったのである。そのために、距離感は非常に遠くそれだけに、現実と区別がつかなくなるようなことはほとんどなかったと思う。もちろん、それでも中には、危ない人もいたが、それらは本当に例外的な内容でしかなく、その例外的な内容があったからといって、全体のアイドルへの考え方が変わったとかそういうことはなかった。
  さて、アイドルがなぜ「土曜日のエロ」なのか、ということになろう。まあ、この文章を読んでいる男性の多くは「別に説明の必要がない」と思うかもしれないが、一方女性や一部の純粋な男性には、あまりなじみがないかもしれないので、なぜここでアイドルの結婚問うことを土曜日のエロで扱うかを書いておこう。間違いなく、アイドルというのは「「おかず」であるという側面があるのだ。異性のアイドルを好きになるというのは、そのまま、自分の恋人または結婚相手などとして、「理想のタイプ」を重ね合わせてみているのに違いない。もちろん、単純ン「心理的な恋人う妄想」であればよいが、人間そのようなきれいごとだけで何とかなるような話ではない。いや、思春期以降の男性(女性もそうかもしれないが私にはよくわからない)で、美しい女性を見て、もちろん、疑似恋愛的な妄想をすることはあっても、それ以上の「性的な妄想をしない」といえば、それはかなり「異常」であるといえる。もちろん、妄想しない団栄が異常なのか、あるいは、妄想させない女性が異常なのかは、ケースバイケースで様々あると思うが、しかし、一応健全な男女であれば、どのレベルまでかは別にして性的な妄想をするのが普通であろう。そのことを「思っているだけで変態」などということをいう人もいるが、逆に「妄想もできないような変態」よりははるかに健全であるといえるのではないか。
  その意味において「その妄想」を掻き立てていた「アイドル」つまり「偶像」が、突然に、「他の男性と結婚する」といって、妄想できない状態になってしまった場合、それはどのような判断になるのであろうか。
  これはなかなか「土曜日のエロ」の題材として、非常に興味深い内容ではないかと考えているのである。
AKB総選挙で「結婚宣言」 「恋愛禁止」破りに「身内」からも苦言続出
 2017年6月17日に開票イベントが行われたAKB48グループの「選抜総選挙」で、「結婚宣言」が飛び出した。「恋愛禁止」が建前のはずのAKBで、こういった発言が飛び出すのは前代未聞だ。
 この発言をしたNMB48の須藤凜々花(すとう・りりか)さん(20)をめぐっては、週刊文春が投票期間中に「熱愛お泊まりデートを取材・撮影していた」とウェブサイトで報じている。今回の「結婚宣言」は、大量の資金を投じて須藤さんに投票したファンへの裏切り行為だとも取られかねず、現役メンバーや卒業生から批判的な声が相次いだ。
 徳光アナ「今、ご自身、何話しているかわかる?真剣なんだよな?」須藤さんは東京都出身。13年の「AKB48グループ ドラフト会議」でNMBに指名されて同グループでの活動を開始し、15年発売の楽曲「ドリアン少年」ではセンターポジションに抜擢。将来の夢は「哲学者」だと公言しており、16年には初の哲学書「人生を危険にさらせ!」(共著)を出版。独自路線で人気を集め、17年の「選抜総選挙」では3万1779票を得票して20位にランクインした。
 須藤さんはランクイン後のスピーチで、
 「えっと、私、私、NMB48須藤凜々花は結婚します!」と宣言。司会の徳光和夫さん(76)が
 「今、ご自身、何話しているかわかる?真剣なんだよな?」「凜々花さんの言葉からは、結婚という言葉が出たんだけれど、これは本当ですか」「相手もいらっしゃる?」などと念を押すと、須藤さんは「はい」と断言。その上で
 「相手はいます。でも言えないので、後日、私の口からきちんと説明したいと思います」と説明した。イベント後に主催者が発表した資料では、
 「本人の口からきちんと説明する場を、近日中に設ける予定です」としている。
峯岸みなみは「言いたいこといっぱいあったよ」と悔やむ このスピーチで、メンバーには困惑が広がった。19位にランクインし、須藤さんの直後にスピーチした峯岸みなみさん(24)は
 「(5月31日発表の「速報」段階の100位)圏外からの19位って本当に喜ばしいことなんですけど、この並び(発言の順番)を恨むぐらいの衝撃発言がありまして、ちょっと今まで考えたことがすべて飛ぶぐらいだし、何言っても記事にならんやん、っていう...」とぼやき、ツイッターでも
 「言いたいこといっぱいあったよ。ファンのみんなにもメンバーにも。たくさんたくさん考えたよ。ステージ上で言葉にはできなかったけどちゃんと伝えていきますね」と悔やんだ。18位の松村香織さん(27)は16年は不出馬で17年に復帰した理由を
「寿退社を狙って行動してきたんですが、相手が見つかりませんでした」と話し、客席を沸かせた。
 高橋朱里は強い不快感嫌悪感をあらわにしたのが、11位にランクインした高橋朱里さん(19)。高橋さんは、自分の順位に悔し涙を流したりするメンバーがいることに言及しながら、
 「アンダーガールズ(17~32位)の、そこまで上げてくれたファンのみなさんがいる中で、結婚したいとか結婚しますとか、そういうファンの皆さんが複雑な気持ちになってしまうことを言うメンバーを見て、それまでに流していたメンバーの涙の気持ちを考えると、本当に胸が痛いです」と発言。20位の須藤さんと18位の松村さんの発言に強い不快感を示した。
 不出馬だったNMB48の山本彩さん(23)も、動画配信サイト「SHOWROOM」の配信で
 「あの人の考えることはよく分からへん」と困惑。ツイッターにも
 「今は、正直何と言って良いのか分かりません。申し訳ないです」と書き込んだ。
 大島優子は「Fワード」、高橋みなみも「右に同じく」卒業生からも異論が相次いだ。大島優子さん(28)はインスタグラムの動画中継で、「何でもアリなんですね」などと笑いながら
「総じて言いたいのは、この帽子がきっと、私の全ての言葉だと思う。せーの。キャハハハ」と言い残して配信は終了。「せーの」のタイミングで画面に映った帽子には、「くそったれ」などの意味を持つ、Fで始まる4文字の英単語が描かれていた。高橋みなみさん(26)もトークアプリ「755」(ナナゴーゴー)で、
 「はぁー」「結婚発表は、、、」「ないな」「ふぅー」と書き込み、やはり否定的だ。
 「優子が帽子で全て代弁してくれてた」という読者の声に
 「右に同じく」と返信し、大島さんと同じ受け止め方をしていることを明かした。
J-CAST ニュース 20170618
https://www.j-cast.com/2017/06/18300892.html
 さて、この事件、まあ、最近芸能ニュースの中ではピカ一に面白い。そもそも、恋愛禁止といっているAKBグループの中において、恋愛をしているとか付き合っている男性がいるとかではなく、それらすべてを付っ飛ばして「結婚宣言」するのだから、これはこれでなかなか素晴らしい。本人なでゃとにかく、周囲は完全に面食らっていることになるであろう。まあ、秋元商法といわれるような「計画性のある商法」であるとすれば、かなり寝られた内容であり同時に、そのインパクトはかなり大きい。秋元康ならばやりそうな感じではないか。
  それに対して、まず、まじめに考えてみよう。
  単純に「アイドル」は、一つには「個人のプライベート」があると思うが、同時にファンがいるという時点で「公人としての公の立場」が存在する。要するに、片方で、「個人的な幸福追求」としての、恋愛や結婚があってよいと思うが、もう一方で、これら芸能人や、あるいは、アイドルや歌手など「人気商売」の人々になってしまえば、それらの中において、公人として「ファンのイメージを崩さない」とか「ファンの妄想をできる限り守る」というような努力が必要であろう。今回の内容は「個人の立場」といてはどのような恋愛をしようが、どのような結婚をしようが、それは自由であろうと考えるが、一方で、「公人」としての立場とすれば、あまり感心したことではない。それならば、しっかりとAKBグループを卒業してから恋愛・結婚を発表すればよいわけであり、それができないならば、そもそもファン投票などを行わなければよいということになる。
  まさに、その辺の「個人の立場」重視の人と「公人の立場を重視」する人とで、当然に、その感想は変わり、AKBのOGや、そのほかの芸能人の間でも、さまざまに言われているが、まあ、その人の立場や、ファンをどのように思っているかなどの価値観の違いがあるから、そこはあえて触れないことにする。
  さて、これが「性的妄想」ということになればいかがなことになるであろうか。単純に、今までは、この須藤という女の子(実はあまりよくわかっていない)がニュースによって20歳ということがわかれば、当然に、「処女かもしれない」というような期待があるし、または、さすがにそこまでの妄想や神格化はなくても「恋愛対象」としての女性であって「性的対象としての女性」ではないというようなことになってくるであろう。そのような中において考えれば、当然に、「結婚する」ということは、少なくとも現代の世の中「婚前交渉なしに結婚する」ということはほとんどないということから考えれば、当然に、この須藤という女の子は、「婚前交渉を経験済み」であり、「恋愛妄想対象」から「性的妄想対象」になってしまうということになる。
  その場合「恋愛妄想対象」というようなある意味「晩熟な男性」からすれば「裏切られた」という感覚になり、その内容がネットなどで「妄想が裏切られた」というような反応になって出てくることになるのである。
  まあ、最近のアイドルが「距離が近い」とか「ネットによってつながっている感覚が強い」から起きる状態であり、そのために、変な事件になって、さまざまな規制が強くなるようなことの無いようにしてもらいたいものである。

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「全方位外交」ということを言ってうまくアメリカと中国を天秤にかけたつもりになりながら両方から嫌われ孤立化を進める文在寅韓国政権の「自己陶酔型唯我独尊妄想」

「全方位外交」ということを言ってうまくアメリカと中国を天秤にかけたつもりになりながら両方から嫌われ孤立化を進める文在寅韓国政権の「自己陶酔型唯我独尊妄想」
 韓国人の「自己陶酔型唯我独尊妄想」は、かなりおかしい。まあ、事大主義とか、さまざまなことを書いているが、あえて「自己陶酔型唯我独尊妄想」と書いたのは、その方がぴったりくるからだ。すでに事大主義とか、そういうような感覚ではなくなってしまって、完全に妄想の世界に入っている。まあ、何をもってこのようなことを考えればよいのかといえば、このような国の支援を植えている日本のマスコミ、特に、関連企業や間接出資で3分の1以上を韓国資本に変えてしまったTBS(過去の資料を掲載)などの、報道内容を見ていると、結局「自己都合」「偏向」で「正しい報道」が行えなくなってしまっている。まあ、よく言われているものだが、同局で行われている、日曜日の朝の番組など、あまりにもひどいものであって、あきれて逆に笑えてしまうのである。
  さて、私の造語「自己陶酔型唯我独尊妄想」を開設するまでもないが、その内容を考えてみよう。
  そもそも「自己陶酔型」ということは、つまり「自分で自分の言うことに酔っている」ということになる。ではなぜ「自分で鵜ことに酔っている」のであろうか。もちろん、個人であればそのような性質であったり、あるいは夢で見たような自分の理想に自分が近づいているなどのことが考えられるが、国民全体となると、そのような「理想」が統一化されているようなことはないので、その解釈ではなくなる。ではなぜ「国民全体が、陶酔するのか」といえば、それは「現実が厳しすぎて直視できない」のである。まさに、韓国の現在の置かれた状況を見ればその通りであり、「戦争中」「軍事独裁・戒厳令(盧泰愚大統領まで)」「国民的情緒で不安定な民主主義」「火病」「周辺国はすべて経済大国なのに自分の国だけダメ」「身分制」「産業が育たない」「財閥支配」「プライドだけが高い」などなど、マイナス要因があまりにも多すぎる。その中において、プライドが高い分だけ、どうにも現実を直視できないし、また、直視すれば、自己嫌悪に陥る。この結果、他国を批判し、自分たちが「大国よりも上」と思い込んで、自己陶酔し、その陶酔の「麻薬的作用」に酔って、現実を忘れる以外にはないのだ。
  「唯我独尊妄想」は、単純に「自分が世界一だと妄想している」ということである。そのことは「ウリジナル」といわれる「なんでも韓国が起源」というような話を作り上げ(でっちあげ)それが嘘であるにもかかわらず「自己陶酔」しているから、そのことの間違いがかわからない。事実を指摘する人を攻撃し、自分が正しいということを暴力的に主張する以外にはない。周囲があきれて何も言わなくなれば「自分の主張が正しかった」というような言い方になるのである。
  まあ、このような国が遠くにあるならば、「無視」「国交断絶」であればよいが、それが隣にあるというが日本にとっての悲劇であるといえる。
波紋呼ぶ韓国外交特別補佐官発言、米国務省が反論
 韓国大統領府の文正仁(ムン・ジョンイン)統一・外交・安保特別補佐官が16日(現地時間)、米ワシントンD.C.で「北朝鮮が核・ミサイル挑発を中止するなら、韓米軍事演習や米軍の戦略資産展開を縮小することができる」「(韓半島〈朝鮮半島〉に)空母が来る必要がなくなるということだ」と述べた。終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備延期問題については、「THAAD問題が解決しなければ韓米同盟は崩れるという認識があるが、そうならば何のための同盟か」と言った。これに対して米国務省報道官は17日、国営放送「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」で、「文正仁補佐官の発言は個人の見解だと理解している」「韓国政府の公式政策を反映させたものではないだろう」と述べた。米国務省はまた、「(韓米軍事演習は)韓国と(北東アジア)地域を保護するためのものだ」とも言った。これは、文正仁補佐官の発言に事実上、反論したものだ。
 今月末に予定されている韓米首脳会談を前に、「韓米は対北朝鮮政策と関連して意見の違いを見せるのにとどまらず、衝突にまで発展するのでは」と懸念する声も出ている。発言が波紋を呼んでいるのを受けて、韓国大統領府関係者は18日、非公式に「文正仁補佐官の発言は(韓国政府の)公式見解ではない」「(今回の訪米は)個人的訪問」と明らかにした。
 文正仁補佐官は同日、ワシントンD.C.で、東アジア財団とシンクタンク「ウイルソン・センター」が共催したセミナーや特派員懇談会で、「北朝鮮が核・ミサイル開発を中止すれば、米国との話し合いを通じて韓米合同軍事演習の縮小も、韓半島における米国の戦略兵器配備の縮小も可能だというのが文在寅(ムン・ジェイン)大統領の考えだ」と発言した。個人の見解ではなく、「文在寅大統領の考え」だと言ったのだ。また、「米軍の戦略兵器(空母や戦闘爆撃機など)が前線配備されているから北朝鮮は(弾道ミサイルによる挑発行動で)対応しているようだ」「『北朝鮮の非核化がなければ対話をしない』という米国の見解を、我々にどのように受け入れろというのか」「韓国が南北対話をするのに、米朝対話の条件に合わせる必要はない」とも言った。
 
「朝鮮日報日本語版」 20170619
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/06/19/2017061901231.html
 日本だけではなく、このような「自己陶酔型唯我独尊妄想」の被害者になっているのは、アメリカと中国もそうである。
  そもそも、韓国は「攻撃し、韓国に謝罪し続ける大国としての日本」「安全保障を行う大国(韓国のガードマン)としてのアメリカ」「経済的な関係(経済的に韓国に朝貢している)大国としての中国」というように、自分が上位でそのことを「妄想」しているのである。
  まあ、妄想が妄想のままでありなおかつ韓国人自身が妄想であるということを自覚しているのであればそれで問題はないはずである。しかし、韓国人のすごいところ(はっきり言ってバカにしているのであるが)は、この「妄想」を「いつの間にか真実と思ってしまう」という特性を持っていることではなかろうか。まあ、この「妄想と現実の区別がつかなくなってしまう」というのは、現在の若者にも少なくないのであるし、また、そのような妄想を許してきた今までに日本政府や、アメリカなども悪いのであるが、しかし、「いい加減気づけよ」という気分になる。要するに、韓国人は、「本当に自分たちが世界一で、アメリカも中国も日本も頭を下げてくる人々」と思っているところがあり、これほど頭が悪い妄想にとらわれているのがおかしいということになる。
  しかし、実際の国際関係というのはそのようなものではなく、結局、すべての国から「総攻撃」を食らうことになる。
  民主主義というのは、高杉晋作が、坂本龍馬の船中八策を見た時、議会で物事を決めるといったその名用を見て「国民がばかになれば、国が亡ぶという政策」とこき下ろしたように、まさに、韓国の民主主義つまり、「国民的情緒による人治主義」は、いつの間にか「衆愚」に陥り、そのために、「自己陶酔型唯我独尊妄想を夢っ見させ続けてくれる非現実的な大統領」を選出する。その選出された大統領が「文在寅」であり、そのために、安全保障のアメリカも経済の中国も双方を裏切り、そのうえ、国交断絶に近い状態の日本に救援信号を追っているア無視されるということになるのである。
  終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備延期問題については、「THAAD問題が解決しなければ韓米同盟は崩れるという認識があるが、そうならば何のための同盟か」と言った。これに対して米国務省報道官は17日、国営放送「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」で、「文正仁補佐官の発言は個人の見解だと理解している」「韓国政府の公式政策を反映させたものではないだろう」と述べた。<上記より抜粋>
  このような奥州があるのは、大統領補佐官まで、すべてがおかしくなっており、「妄想」にとらわれている状態であろう。もちろん「妄想の上に気づかれた砂上の楼閣である韓国の経済と安全保障」は、完全に、これ等の幻想を打ち破られることになり、現在アメリカでは「韓国は裏切る危険性が高いので見捨てるべき」という、軍事関連のシンクタンクの様々な答申が出ている状態である。もちろんそのような状況になれば、対共産圏の防波堤に日本が矢面に立たされることになり、そのことは日本としてはあまりよいことではないのであるが、その内容をいかに考えるかということが必要である。
  さて日本は、簡単に「裏切る国」「妄想にとらわれる国」つまり「自己陶酔型唯我独尊妄想」を実現させてくれそうな甘言にすぐに乗って裏切り半島気質国であるということを認識したうえで付き合わなければならない。それは、常に資源を引き上げる準備をしながら「短期間の投資と短期間の回収」をしなければならないということに他ならないであろう。そのうえで、いつでも「国交断絶」「戦争」という状態、それも「妄想にとらわれたゾンビとの戦い」を考えなければならないのではないか。そのようなことを具体的にどのように考えるのかということが最大の問題であり、今後の日本政府の課題ということができる。

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ISの指導者がロシアの空爆で爆死という情報が確認できずに混乱しているという事情

ISの指導者がロシアの空爆で爆死という情報が確認できずに混乱しているという事情
 6月16日に未確認ながら、かなり興味深い情報が入った。ロシアの国防省の発表で、IS,イスラム国の最高指導者であるバクダディがラッカ攻撃の空爆の時に殺害された可能性があるということを発表したの。
  さて、この「空爆による死」ということに関して言えば、どうしてその時に個人の死を特定できることができるのであろうか。日本にいると「ランドサットなどの衛星による観察」というようなことも言っている可能性もあるし、一方でミサイルそのものに何らかのカメラか何かがあって個人まで特定できるなど、そのようなことを考えている人もいるかもしれない。しかし、実際はそうではない。そもそも空爆を行う場所や空爆をした後の効果などは、すべて、実は現場に人を派遣して、その人が観察をすることになっている。このように書くと、基本的には、「スパイ」ということを言いそうな気がするが、必ずしもそのようなものばかりではなく、偵察部隊や、あるいは民兵組織なども「観察部隊」の中の一つとなるのである。直接的な「偵察部隊」である場合と、敵の中に入っている「スパイ」の場合、または依頼を受けた現地の軍隊や場合によっては「PMC(private military company または private military contractor)」要するに日本語では民間軍事会社といわれる民間会社などが、その観察に当たることが多い。
  基本的に、観察を行い、対象がどこにいるのかということや、ここにどの程度のミサイルや爆弾を行ったらどの程度の効果があるのかなどのことを見なければならない。最近のミサイルは、「精密射撃」であることから、当然に、「どこに敵がいるのか」が特定できていなければ、なかなか攻撃できるものではないのである。
  そのうえで、それを「安全な」場所、まあ、安全なを鍵かっこで囲ったのは、「味方の攻撃によって被害が合わない」という意味であり、敵や攻撃対象に見つからないという意味ではないので、そのようにしたのであるが、その安全な場所から見て、どの程度効果があったのか、追加攻撃が必要なのか、などをしっかりと報告し、そこで波状攻撃があったり、あるいは逃げ出した舞台に対してサイド攻撃を行ったりというようなことを支持することになる。
  つまり、地上部隊との連携がなければ、「バクダディが死んだ」という発表はできない。そしてその発表の上で、「バクダディが死んだはずだから、今後このように変わるはず」というような予想を立て、そのうえで、攻撃計画や戦術を編み出すのである。
  そのように考えれば、「ラッカ周辺においてロシアの地上部隊または少なくとも偵察部隊やそれに代わる軍隊」が存在し、ロシアの空爆を監視していたということになるのである。
IS最高指導者、シリアで殺害か=バグダディ容疑者、ロシア空爆で
 【モスクワ時事】ロシア国防省は16日、「イスラム国」(IS)最高指導者のバグダディ容疑者が、ロシア軍がシリア北部ラッカ近郊で行った空爆を受け、殺害された可能性があると発表した。空爆は5月28日に開かれたIS幹部の会合を狙って実行された。
 ロシア国防省は、「さまざまなルートを通じて確認している情報によると、空爆により会合に出席していたバグダディ容疑者は殺害された」と明らかにした。同省は殺害の事実について最終確認を急いでいる。
 
時事通信社(2017/06/16-17:00)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017061600929&g=int
ロ軍、IS最高指導者を殺害か 有志連合は「確認できていない」
 【6月16日 AFP】(更新)ロシア軍は16日、シリアで先月にイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の指導者らが集まっていた会合を狙った空爆を実施したと明らかにし、同組織の最高指導者アブバクル・バグダディ(Abu Bakr al-Baghdadi)容疑者が死亡したかどうかの確認を進めていると発表した。
 ロシア軍の声明によると、ISの拠点であるシリア北部ラッカ(Raqa)付近で、スホイ(Sukhoi)戦闘機が夜間に10分間の空爆を実施。会合にはISの指導者らが集まり、ラッカから戦闘員を撤退させるかどうかの話し合いを行っていたという。空爆は、会合が行われていることを無人機(ドローン)で確認した後、実施したという。
 また声明は「ISの指導者たち、および現場の警備などに当たっていた指揮官30人と戦闘員最大300人が死亡し」、「さまざまな手段によって検証した情報によると、ISIL(ISの別称)の最高指導者アブバクル・バグダディ容疑者もその会合に出席しており、空爆によって死亡した」と述べた。殺害された人物の中にはラッカの首長やISの治安担当トップも含まれているという。
 さらに声明によると、この空爆については米国にも通知したという。
 一方、米軍主導の有志連合は、バグダディ容疑者の死亡について「確認できていない」としている。
 
AFP 2017年06月16日 19:52
http://www.afpbb.com/articles/-/3132325
 記事を二つ準備した。上の記事はロシアの発表をそのまま報道したもの。日本の時事通信のものである。一方、下の記事は、そのロシアの発表に対して、アメリカ系の融資連合が確認できていないということを奉じたものである。
  ロシア軍の声明によると、ISの拠点であるシリア北部ラッカ(Raqa)付近で、スホイ(Sukhoi)戦闘機が夜間に10分間の空爆を実施。会合にはISの指導者らが集まり、ラッカから戦闘員を撤退させるかどうかの話し合いを行っていたという。空爆は、会合が行われていることを無人機(ドローン)で確認した後、実施したという。<上記より抜粋>
  私が開設したように、ドローンによって近くの部隊が確認し、そのドローンの映像解析によってバクダディの死亡を確認したというのである。実際に「ドローンの映像」が公開されれば、その効果は疑いようがない状況になるが、当然にミサイルの営農などもわかってしまうために、ロシアはそれを公開することはないと考えられるので、その内容に関しては、なかなかわからないという状態になるのではないか。
  いずれにせよ、この記事によれば「多数の幹部が会議をしている」ということが確認されているのであり、その幹部が死亡したということになるために、「ISとのテロとの戦い」は、今後新たな展開を迎えることになると考えられる。しかし、「テロ」は「指導者」がいることによって組織化するが、しかし、ロンドンテロのように「組織化されたものばかりがテロではない」ということ、つまり「ローンウルフ型のテロ」なども十分に考えられ、その思想やイデオロギーなどによってテロそのものが行われることになる。
  根本的に、今回のことは「ISという組織によって、地域的国家的支配地域を減少または壊滅」させることはできるものの、それだけに「先頭集団の拡散とテロの拡大か」が懸念されることになるのではないかと危惧するものである。これらの内容は「テロを一か所にくぎ付けにする」方がよいのか、あるいはその「アジトをつぶしたほうが良いのか」という選択肢になるが、ISに関してはアメリカとヨーロッパとロシア、つまり指揮命令系統が全く異なるところがそれぞれに対処しているのであり、そのために、組織戦略的な対応ができていない。そのために、「ISをつぶした後のこと」が協議されていない状態での今回の内容をいかに考えたらよいのか。そのことが最も大きな問題になるのではないか。

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「ISテロ」というように名前を変えられてしまった「地域独立運動」の実態とその問題点

「ISテロ」というように名前を変えられてしまった「地域独立運動」の実態とその問題点
 過去のブログで何度か、世界は「グローバリズム(世界統一主義)」と「ナショナリズム(国家主義)」という二つの考え方の違いだけではなく、もう一つ「エスニシズム(地域独立主義)」という者が出てきたということを報告してきたと思う。この内容は、特に昨年のイギリスのEU離脱前後でその内容を書いてきたのであるが、最近その内容に関してはなかなか触れてこなかったのでお忘れの方もいると思う。簡単に復習してみると、「ヨーロッパ連合」というように国家の枠組みを超えて標準化しようということが「グローバリズム」であるのに対して、イギリスは「標準化ではなくイギリスという国家と伝統と文化を重要視しましょう」ということになる。これが「ナショナリズム」ということになる。そして、その時に「もともとイギリスに組み入れられているが、本来はスコットランドは別な国だったのだからイギリスからも独立しよう」というスコットランド独立党の考え方が「エスニシズム」ということになる。
  さて、この「エスニシズム」は、実はかなり多くの国で行われているということになる。しかし、これがキリスト教の圏内の国家である場合は、独立運動として認められる。賛否両論あるがスペインのカタルーニャや、ウクライナのクリミア半島などもまさにそのような状況であったというような気がしてならない。意義知るのアイルランドや北アイルランド、それに今一番ホットな、スコットランドなどは、まさにそのような常用ではないか。これに対して、イスラム教圏のこれら独立運動に関しては、なぜかすべて「テロ」それも「ISテロ」というような状況になってしまう。
  もちろん、イスラム教でなおかつテロというと「IS」というほうが何となく通りやすいし報道もしやすい。そのうえ、何か「エスニシズム」的な解決方法を行うのは、近代国民国家の内容を否定するものとなる。つまり、ヨーロッパ各国は、自分たちが植民地支配していた黒歴史や、その後、開放するときに、植民地の状況で開放をしてきた後処理のまずさなども、すべて認めなければならない。そのために「エスニシズム」として認めることはあまりしたくない。日本は欧米、特にアメリカの影響を強く受けた報道機関がいるために「IS」がさまざまなところで暗躍しているかのような状況にあっており、日本にも「IS」
のテロが迫っているかのような錯覚を起こしているが、本来はそうではないということになるのである。
では「その実態」は?
戦闘現場に100体の遺体か、住民目撃 比ミンダナオ島
(CNN) 政府軍と「マウテグループ」などイスラム過激派との交戦が続くフィリピン南部のミンダナオ島情勢で、地元住民が戦闘現場から逃れる際、最大100体の遺体を目撃したと証言していることが17日までにわかった。
同国の議会関係者が明らかにした。過激派が市内に立てこもり政府軍と対峙(たいじ)する同島マラウィ市での証言で、これらの遺体が民間人なのか過激派の戦闘員なのかは不明。
マラウィ市には交戦に巻き込まれて立ち往生している住民がいるとみられ、その安否への懸念が強まっている。ただ、100体との数字はあくまでも推定で、衝突が起きている現場で遺体を収容する手立てがないため、確認出来ないものとなっている。今回の証言内容は、戦闘現場から徒歩でかろうじて逃げ出し、橋を渡って安全地域に到達した地元住民らのものとなっている。
CNNの取材に応じたフィリピン国軍当局者によると、マウテグループが殺害した民間人はこれまで計26人。政府軍の砲撃で死亡した一般住民の人数には触れなかった。
また、殺害した過激派の戦闘員総数はこれまで207人。政府軍兵士の犠牲者は58人。助け出した民間人は1619人としている。マラウィ市などに籠城(ろうじょう)する戦闘員は数百人規模とされている。
政府軍と戦闘になっているのは、主にマウテグループで過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」に忠誠を誓っている。また、地元のイスラム過激派「アブ・サヤフ」とも共闘しているとされる。
CNN.co.jp 20170617
https://www.cnn.co.jp/world/35102883.html
 アフリカ北部のテロ組織「ボコ・ハラム」に関しては「ボヌル・カヌリ帝国」の独立運動の戦士たちであるというブログは過去に書いたことがある。皆さんの記憶にあるかどうかは別にして実はそのようなものである。実際に、「IS系」というようなことになっているが、そもそも「ISとは一体何なのか」ということがわかっていないと、このような議論になってしまうのである。
  イギリスのロンドンのテロの時に、イスラム教の関係者(東南アジア)に聞いたところ「Who is IS」といわれたことはすでに書いたとおりである。同じことが実はフィリピン南部でも起きている。
  <以下抜粋>
  フィリピン南部は、昔「スールー・スルタン国」という国家になっていた。知らない人が多いと思うので、ウィキペディアからその内容を抜粋する。
  スールー王国(スールー・スルタン国、Sultanate of Sulu)は、フィリピン諸島とボルネオ島の間に連なるスールー諸島にかつて存在した国。スルタンを戴くイスラム教国で、1450年代に成立したが、資料によってはその成立時期はより早い。ムスリムの研究者の中には、さらに1世紀前のラジャ・バギンダ・アリ(Raja Baguinda Ali)の時代からスールー王国が存在したと見る者もいる。
 ホロ島の都市ホロを都とするスールー王国は、アラビア語を公用語としたほか、マレー語や現地のタウスグ語・バンギギ語・バジャウ語などを使い、中国と東南アジア・西アジアを結ぶ海上交易の一端を担って栄え、最盛期にはスールー海の島の多くを支配した。東はミンダナオ島の西部(サンボアンガ半島)、南はボルネオ島北部(現在のマレーシアのサバ州)、北はパラワン島までその支配は及んだ。スールー諸島やミンダナオ島西部といったかつての支配地域は、現在もムスリムの多く住む地域になっている。
1898年にスールー王国は米領フィリピンに併合された。最後のスールーのスルタンは1936年に没し、以後スルタンは即位していない。
<以上抜粋>
 このほかにも、「マギンダナオ王国」という国もあった。
  <以下抜粋>
  マギンダナオ王国(マギンダナオ・スルタン国、Sultanate of Maguindanao)は、かつてフィリピンのミンダナオ島西部にあったイスラム教国。16世紀の初頭以来ミンダナオ島に勢力をもち、マラウィを首都としてスペイン人による植民地支配を退けてきたが、19世紀にスペイン領東インドに征服されその一部となった。
17世紀の全盛期にはミンダナオ島全域および周囲の諸島を支配した。マギンダナオ王国の歴史的影響は、ミンダナオ西南端のサンボアンガ半島からミンダナオ南部のサランガニにかけて残り、一帯はフィリピンでもムスリムの多い地域になっている。またスルタンたちの名はスルタン・クダラット州やシャリフ・カブンスアン州など自治体の名になっている。
<以上抜粋>
 まさにこのような国家の「独立」が、実は今行われている。この状態に対して「ISがフィリピンまで迫っている」というような状況になっているのである。もともとアメリカ領フィリピンに併合され、平和的とはいえ、屈辱的に植民地化されたこれらの国家は、マニラを中心にしたフィリピン共和国において統合されているものの、昔は、ミンダナオ島に複数あるこれら国家の集合体になっていた。スルタンとは、イスラムの国家のとおっぷであると同時に宗教的なトップであることから、このスルタンが、巡回しながらこの辺の地域、ミンダナオ島やパラワン島、それにカリマンタン島北部、ブルネイ王国までくらいを統治していたということになるのではないか。その解放戦線が、「イスラム情国家であった」ということで「イスラム教の独立した政府の独立」ということを主張し、キリスト教の内容を排除する「テロ」になっているのである。
  このようなものまで全て「ISテロと呼べるのか」ということが、まさに「Who is IS」という言葉に尽くされているのではないか。
  我々はイスラムを何となく安易に考えてしまっている。その内容がいつの間にか差別につながり、事件の真相をわからなくしてしまっているのではないか。そのような反省がこのようなニュースを見るときに、必要であり、なおかつ、そのために犠牲者が増えているということを自覚すべきではないか。

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【もう遅すぎる?】今からでも日本企業の「虎の子の技術」を国家が守る法律を作ってはいかがだろうか

【もう遅すぎる?】今からでも日本企業の「虎の子の技術」を国家が守る法律を作ってはいかがだろうか
 タカタが倒産した。民事再生法の適用を申請し、日米で法的な整理をする問うことになった。もともと自動車のエアバッグ屋シートベルトなど安全対策御行っている会社であったが、そのエアバックのアメリカでの事故からリコール問題が発生し、そのために、民事再生法を申請し、負債を整理しながらも、片方で、事業を存続し従業員を守るという選択肢を行った。
  もともとは自動車の事故において、エアバックの部品である鉄板が一緒に飛び出してしまうということで、死亡事故が発生したということから端を発し、その多くの車のリコールを行わなければならなくなった。実際に、世界でシェアが2割くらいあるほどの優良企業であるとされており、その2割のうちの多くがリコールになるというだけではなく、その後、BMWなどがタカタとの取引をやめたことによって経営が悪化していた。
  さて、今回は、雉を読めば明らかがだが、今後、収益を上げられる健全な事業だけを新会社に切り離した上で、米自動車部品キー・セーフティー・システムズ(KSS)の出資を受ける。ただ、KSSは中国・寧波均勝電子の子会社でタカタは実質的に中国企業の傘下になる。<下記記事より抜粋>つまり、煮輔lンのエアバックとシートベルトの技術が、中国に流出するということになるのである。
  さて、
  この買収の方法、もちろん「ハゲタカファンンド中国版」ということができるのであるが、どうも最近は「ハゲタカファンド」というようなマイナスイメージではあまり言われなくなったようだ。一時は、不動産の取引など金融取引や多重債務などによって、アメリカなどがその不動産価値をもって、安価に買い取るというようなファンドがあったのだ。今から20年くらい前のことで、現在の新生銀行や宮崎県のフェニックスリゾートなどがその話題に上がっていた。
  最近では、企業の負債とそれに対する「倒産後支援」という意味において、中国企業が乗り出してくることが少なくない。実際に、「シャープ」や少し前では「ラオックス」などもその中に入るし、中小企業などは完全に「中国ハゲタカファンド」の草刈り場になっている。その中の一つに、タカタが入ってしまったということは、日本人としていかがなものかという気がしてならない。
タカタ、中国企業の実質傘下に “虎の子”技術の流出不可避
 タカタ製エアバッグのリコール問題が、日米での法的整理という形で一区切りつく見通しとなった。タカタは今後、収益を上げられる健全な事業だけを新会社に切り離した上で、米自動車部品キー・セーフティー・システムズ(KSS)の出資を受ける。ただ、KSSは中国・寧波均勝電子の子会社でタカタは実質的に中国企業の傘下になる。自動車向け安全部品の技術流出は避けられない。
 KSSは、新会社に約2千億円を出資し、シートベルトやエアバッグの供給を行う。KSSの2016年の売上高は17億ドル強(約1900億円)だが、スズキやいすゞ自動車など日本企業との取引は売上高の5%程度にとどまる。タカタはシートベルトとエアバッグでいずれも世界で2割程度のシェアを持っており、KSSはタカタの事業を取り込んでシェアの拡大につなげる戦略。ただ、KSSを通じて寧波均勝電子に“虎の子”技術が流出し、日本の製造業の競争力の低下につながるのは確実だ。
 一方、タカタに残された旧会社は今後膨らむことが避けられないリコール費用の支払いを行う。
 タカタ製エアバッグのリコール費用は、自動車メーカーがいったん全額を立て替えており合計で1兆円規模にまで膨らむ見通し。最大の取引先のホンダはこれまでに対応費用として5千億円強を計上した。費用の負担割合をめぐり自動車メーカーはタカタ側と協議してきたが、調整が難航。裁判所が関与し透明性を確保した法的整理の形で、早期に費用の負担割合を決めるが、多額の債権放棄を迫られそうだ。
 タカタ株式の約6割を握る創業家の高田重久会長兼社長の去就も焦点となる。高田氏は、昨年6月の株主総会で、再建の見通しが立った段階で辞任する意向を明らかにしている。
 
産経ニュース 20170617
http://www.sankei.com/economy/news/170617/ecn1706170009-n1.html
 さて、今日のブログでは、珍しく先に記事の内容の抜粋を行った。基本的にタカタそのものの倒産のことは、ある意味で仕方がないことではないかという気がしてならない。実際に、その内容は「欠陥品」であるということである。これがはめられたとかだまし討ちにあったというならば仕方がないが、タカタ自身がある意味でその欠陥を認めているということと、同時に、そのことで人が命を落としているということである。これが他の製品ならばよいが、安全を守る製品であるにも関わらず、その製品が逆に人の命を奪ったのでは「本末転倒」ということになってしまう。そのことによって、賠償金や懲罰的損害賠償、罰金などが出てしまい、それがシェアが広い分、その経済的な負担が大きくなったということになれば仕方がないのかもしれない。その工場が南米だったとか、アメリカだったとか、そういうことは言い訳になる国ではない。私がマイカルに入ったときに話題になった製造物責任法がかなり厳しい国である以上、そのリスクは十分にあり、そのリスクに対する補償準備や保険をしていなかった問うことになるのである。それは経営の問題だ。
  一方、「技術」には罪はない。
  経営がダメになった場合、日本の場合、経営者またはその会社ががそのまま技術ごとその企業を売ってしまう。では今回の内容を考えてみよう。例えば、「シートベルト」は、もちろん、その技術によって中国の戦闘機が飛躍的に向上することは明白であろう。戦闘機のシートベルトは、その固定制とその安全性によって、当然に、操縦者の固定性が高くなる。つまりは戦闘機の操縦性能が上がるということになる。「エアバック」に関しても動揺に、「少量火薬」の使用や、あるいは「膨らむ袋」という意味で、「緊急ブイ」や「救命ボート」など「海軍艦艇」や「潜水艦」、あるいは中国の工兵や施設兵の技術力が飛躍的に上がることになる。その技術がすべて中国に取られたということになるのではないか。
  日本の技術の場合、それらの技術は「ヒト」「会社」とともに移動してしまうことになる。そのことは、当然に、「日本として日本を攻めるための技術」を相手に渡してしまうということになっているのである。
  さて
  提案であるが、シャープや東芝の場合もそうであるが、「技術」に関しては、その内容をすべて「国が買い上げる」ということではいかがかと思う。ある意味において「防衛技術」は、当然に、防衛省や防衛施設庁が国費で、これら倒産企業技術に関して、それをプロテクトする緊急措置法などが必要ではないかという気がしてならない。その部分を、ある程度行っておくことが、日本にとっての「防衛力の強化」ではないかという気がしてならない。もちろん、「役に立たない技術を」などという批判が出ることや、「多めに金を出した」などというような不正も出てくると思うが、基本的に「金銭上の問題」よりも、「国防の問題」を強く主張すべきであるという気がしてならない。もちろん、健全企業のものをすべて買い上げる必要はないが、発行青色ダイオードなどの場合もそうであるが、日本の技術が海外に流出し、日本が潜在的に損失を受けていた李、相対的に弱体化してしまっていることは少なくないのではないか。そのようなことがあってはならない。防止策を行うことは別にして、そのようなことは必要な気がする。
  そろそろ「企業の技術と国防」ということをしっかりと考えるべきであり、そのようなことができなければあまり意味がないのではないかという気がしてならない。

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「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」
第16話 「北朝鮮戦争をめぐる米中の地政学」
7 米中北朝鮮の経済戦争と兵器と軍備
  前回は、半島理論と情報戦について考えをまとめてみました。
  韓国や北朝鮮の人々が、「半島理論」によって支配されている、ある意味、かわいそうな、同時にドイツ人の私の友人の言葉を借りれば、信用できない隣人ということになります。
  その中で、北朝鮮の核戦争をめぐる内容は情報戦争をしなければならないので、』にhンは非常に大変な立場に追い込まれているということになるのです。
  現在の日本は、本来そのような状況であるにもかかわらず、逆に日本そのものが「スパイ天国」となってしまっていて、日本の内容がいつの間にかすべて他に流れて行ってしまっています。
  日本において、アメリカやほかの国の情報を北朝鮮が仕入れてゆくようなところもありますから、何とも情報戦としては難しいところでしょう。
  日本が「情報戦争の主戦場」ということになり、日本は、本来その情報の中にいなければならないのに、日本は情報をとられるばかりで、情報そのものの内容に入ってゆかないということになってしまいます。
  そのために「情報戦が大事」といいながら、日本は「情報戦とは全く関係がない」というような状況になってしまっているのです。
  さて、そのような「情報が全くない」状態で、日本以外の国々の経済戦争と兵器軍備に関して考えてみましょう。
  まずここで、皆さんが「?」と思うのは、経済戦闘と兵器軍備が一緒になっているところではないでしょうか。
  まず、単純に考えて、軍備というのは国家予算で行うということになっています。
  その国家予算は、・・・・・・・・・
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